教育随想 506回 3年道徳「あいさつ名人」から 挨拶される側の視点で指導
3年生の道徳の教科書に「あいさつ名人」という教材があります。 指導目標は 挨拶が苦手だという「せいやくん」こそ、本当のあいさつ名人だと気づいたぼくの姿を 通して,挨拶について考えさせる。 ①相手に対して真心をもって接するために大切なことを考えさせる。 ②相手の立場や気持ちに応じた言葉づかいをしよう... 続きをみる
子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。
教育随想 506回 3年道徳「あいさつ名人」から 挨拶される側の視点で指導
3年生の道徳の教科書に「あいさつ名人」という教材があります。 指導目標は 挨拶が苦手だという「せいやくん」こそ、本当のあいさつ名人だと気づいたぼくの姿を 通して,挨拶について考えさせる。 ①相手に対して真心をもって接するために大切なことを考えさせる。 ②相手の立場や気持ちに応じた言葉づかいをしよう... 続きをみる
教育随想824回 3年 道徳「やめられない」学習指導(光村図書)
1.指導目標 ゲームに依存し、やめられなくなっているまりさの姿を通して、節度ある生活をするために大切なことについて考えさせ、度を超すことなく生活していこうとする判断力を育てる。 ※「度をこすことなく」は、度を超えてみて初めて、その問題点がわかるものである。 さらに、わかっいていもやめられないのが... 続きをみる
教育随想 225回 森信三先生から学ぶ その2 「足元の紙屑一つ拾えぬ」「 音をたてないように歩く」
「足元の紙屑一つ拾えぬ程度の人間に何ができよう。人の風上に立つなどおこがましい」(森信三先生) 耳が痛いです。生まれてからこのかた、すべてにおいてできたかといえば「ノー」ですね。 しかし、先生になってからは、挨拶とともに特に気をつけて実践してきたことです。 教室でゴミが落ちていたら「そのごみ... 続きをみる
生徒指導は必要ありません。 必要ないと言ってしまうと反論がおこります。 少なくとも学校教育において中心になるものではありませんね。 生徒指導の実情 子どもを個室に呼んで、問題を起こした子どもを指導します。 その子の事情、言い訳などを聞いて、「これからはね・・」と注意します。 学校によっては、担任、... 続きをみる
現場の先生とお話していると どんな言葉かけをしたらいいですか。 どのように指導すればいいですか。 大抵は方法論についての質問が多い。 それよりも先生はもう少し踏み込んで考えなければならない。 目の前の子供に、なぜ、言葉かけをするのか。 言葉かけをするねらいは何か。 言葉をかけない沈黙ではだめか。 ... 続きをみる
6月になると、子どもの持ち物がなくなることがあります。 今まで、何もなかった教室に、「先生、机の上においてあったケシゴムがないです」「鉛筆がありません」という子どもからの訴えがでてきます。 ケシゴムや鉛筆ぐらいなら、持ち主が落としたか、どこかで置き忘れたのかも知れないと考えるのですが、「筆箱がない... 続きをみる
かよし学級の先生からうかがったことです。 新年度は、なかよしの子供たちは、交流学級にいることが多いそうです。 担任する4人の子供たちの様子を見るために、それぞれの学級を巡回しているということです。 その先生が、「それぞれの学級の雰囲気が大変違うものですね。この差はどこからきているのでしょうか」と質... 続きをみる
全体学習において、子どもたちに発言を求めるとき、その方法は、大きくは3つに分かれます。 挙手発言と指名発言、そして自由発言(つぶやきも含む)です。 挙手発言では、発問、質問に対して、挙手で解答を求め、正解を得て進行します。 挙手発言で指名して子どもが発表するとき、先生は、「私が求めている答えを言っ... 続きをみる
指導しやすい子なんていないです。 もし、簡単に指導できたとしたら、相手の子供が無理をしているかもしれません。 子供は刹那的です。 先生に好かれたい、嫌われたくないのです。 それができなくなったら抵抗し始めます。 先生は、自分の意思に関わらず子供に対して権力を持っています。 「先生という肩書が見えぬ... 続きをみる
教育随想 1122回 学級崩壊 甘やかし 締め付け 実力不足
学級崩壊の原因は、おおよそにおいて三つあげられます。 1.甘やかし、集団管理の拙さ 2.締め付け、集団管理の厳しさ 3.教師としての実力不足 1.甘やかし、集団管理の拙さについて 子供の要求をできるだけ聞き入れることでいい先生を演出。 叱らないことで易しい先生を演出。 人間が複数以上になれば、お互... 続きをみる
教育随想 1111回 新学期 前担任から子どもの情報 懐疑的に
新しい学級の担任が決まります。 専科の先生は自分の受け持つ学年、学級がわかります。 その時に必ず、前担任、担当者との引き継ぎがあります。 事務的なこと、行事に関すること。 そのなかに子どもたちの情報のやりとりがあります。 私は、子どもについての情報に耳を傾けます。 しかし、そのことは記憶の端にとど... 続きをみる
4年生の理科、生物学習は四季の変化による動植物の生態を学ぶ。 単元のねらい ○春、観察した生き物が夏の季節になると、どのように変わって生きているかを 観察できるようにする。 指導にあたって ○2つの観察から学習が構成されている。 ①校庭などの木やその周りの生き物が春と比べてどう変わってい... 続きをみる
教育随想179回 「ごんぎつね」と私 物語文の教材研究とその指導4回
今回は、「ごんぎつね」の一場面の後半です。 1.教材解釈 一場面後半 「ある秋のことでした。」 「二、三日雨がふりつづいた」「ごんは、外へも出られない」「あなの中にしゃがんで」 あの暗いじめじめした穴の中に体を動かすことなくしゃがんでいるごん。 三日間、ごんは、どんな気持ちで穴の中にしゃがんでいた... 続きをみる
教育随想 113回 厳しさ(突き放す)と優しさ(引き寄せる)のなかで
叱ると比較される言葉が「怒る」ですね。 「怒る」のは、自己中心のただ単なる感情の表れです、これに対して「叱る」ことは子供に対する目的をもっています。 しかしながら、叱る行為の裏側には単なる自己中心的な怒りがないとは言えないです。 叱るときに使う言葉があります。 「あなたのことを思って言うのですよ」... 続きをみる
教育随想 1099回 子供が突然暴力的に 先生の常識でとらえない
先生方の会話のなかで 「常識では考えられない、あの子の行動は」 「子どもの様子を見守っていたが、まさかこうなるとは思えない」 このようなことを口にしているのをしばしば聞いてきました。 常識では考えられない行動、その常識とは誰の常識でしょうか。 あなたの常識ですか、同僚の中での常識ですか、それとも学... 続きをみる
2学期が終了しました。 2学期は、学校行事も多く大変だったと思います。 先生も子供たちもほっとしている時期ですね。 三学期には、卒業式以外に大きな行事がないです。 あとは、3月まで無事、何ごともなく過ごしたいと思う子供もいるでしょう。 ところが、学期末の気のゆるみのまま三学期に入ると思わぬことがあ... 続きをみる
わたしと現場の先生との会話 「子どもに寄り添うことが大切だと思います」 「寄り添うとは、どういうことですか」 「子どもに近づいて、子どもの思いを聞くことだと考えます」 「子どもとの空間的距離を近づけることが寄り添うことですか」 「子どもに近づいて、子どもの話を聞かないと子どもの気持ちがわからないの... 続きをみる
教育随想 105 回 「はい」という返事は 学級の高まりのバロメーター
学級づくり3か月目に入りました。 4月の時と比べて何かが違ってきたのではと思うことはないですか。はっきりと形になって表れるものもあれば、なんとなくそんな感じがするなあというものまでいろいろあります。 変化の一つとして返事の「はい」です。 返事の「はい」は、拝むという漢字が語原だそうです。 「拝み受... 続きをみる
教育随想 1112回 新学期準備 教材研究で子供と仲良しになる
各教科の教科書を一読する先生は少なくなりました。 授業が大切だと思われるなら、子供たちとの媒体としての教材に目を通す必要があります。 今は、指導書に加えてネット情報に支えられながら授業準備をします。 その時においては、指導方法ばかりに目がいっています。 教材の意義、本質について問い正すことはありま... 続きをみる
教育随想 1012回 小学5年国語「たずねびと」③場面全体を読み取れる言葉
平和祈念資料館から追悼平和記念館へ 場面を子どもたちに読み取らせるために、発問でひっぱらないようにします。 場面には、場面全体を読み取れる言葉、文があります。 綾は平和記念資料館を見学することで、大きなショックを受けます。 展示されているものすべてが信じられないことばかりだからです。 そこで、次の... 続きをみる
教育随想 981回 「居残り勉強」(残して)から「残り勉強」(主体的)へ
ある作家の少年時代のことがのっていました。 その方は、通産省の高級官僚だったそうです。 その方の小学校時代のお話がのっていました。 「学校の先生は不得手な科目ばかりを教えて、私の好きな科目はあまり教えてくれませんでした。不得手な科目は当然嫌いな科目で、その時間が増えて好きな時間が減るという残酷な話... 続きをみる
教育随想 806回 5年国語「たずね人」 自力で読ませるための発問
国語の読解学習において、校外学習で先頭に先生がたって引率するようなことはしない。 先生の質問に答えていくだけの学習になる。 子どもは物語文の全容がはっきりしないまま物語の終着点につく。 子どもが自力で読むためのきっかけをつくる発問を考えることが教材研究である。 もちろん、その前に教材に対する一個人... 続きをみる
教育随想733回 3年国語「きつつき」の商売」学習指導 ゆっくりと進める
指導目標 登場人物の場面設定などあらすじをつかむ。 晴天と雨天の場面 登場人物による場面分け リード文から物語の概要をつかむ。 学習の見通しをもつ。 読んだ感想を一言ずつ交流する。 感想を一言で表現させる。 いくつかの感想があっても、そのなかで最も大... 続きをみる
教育随想 721回 担任になっても 子どもの先生にはなれない
新しく学級の担任になる。 「最初が肝心だ。だれが先生かを子どもに理解させなければならない」と言われた先生がおられた。 子どもになめられたらだめ。 威厳をもって先生の指示に従わせる方針をたてて指導にあたられた。 これも先生としての一つの生き方。 その先生と同じ学年をもつ機会を得た。 4,5月は、教室... 続きをみる
教育随想 534回 3年国語教材「まいごのかぎ」 教材研究の最初 前半
教材研究をする場合、どの教科においても、まず、先生自身が自分の力で、一人の大人として、教材に向き合うことが大切だと考えます。 すぐに、指導書や参考書を読むのではなく、一人の大人として、自分自身がどのように感じたのかを素直に書きます。 そこには、子どものことは考えません。 子どもを頭におくと、指導の... 続きをみる
授業は子供に知識を伝えるもの。 授業は文化遺産を伝えるもの。 今までの文化を子供たちに伝えるもの。 そのための年間学習指導計画。 授業はもう一つの側面がある。 学ぶ意欲、学習意欲を育てる。 子供に学びに対するエンジンを取り付ける。 学ぶ意欲は、教材の面白さ、わかりやすさと難しさ、自分もできるという... 続きをみる
子供たちが目に入る順に学習します。 教科書をもらったら、まず、目にするのは教科書の表紙です。 表紙は子供たちの気持をひきつけるための工夫がなされています。 授業の始まり。 子供たちは目次をとばして単元教材のページを開いています。 「教科書の表紙から勉強しましょう」(子供たちの戸惑い) 表紙は教科書... 続きをみる
新学期が始まりゆっくりと授業を進めます。 年間学習指導計画に縛られて、最初からアクセルをふかして授業を実施します。 計画にしたがって、学習指導目標を遂行しようとします。 果たして、どれだけの子供たちがついてこれるでしょうか。 どれだけの子供たちを失望させることでしょうか。 「やっぱり今年の先生もぼ... 続きをみる
教育随想 1109回 世間に批判されない、目のつけられない学校運営
護者クレームがさらに多くなっているようです。 自分の子どもの雰囲気にあっていないから担任を代えてくれ。 厳しすぎるから自分の子どもが不登校になろうとしている。 そのために、赴任して2年間で今年転任が決まった先生がいるそうです。 マスコミも学校のトラブルに対しては、批判的に報道します。 小さな事象を... 続きをみる
学習目的を明確にして、学習方法を考えさせる。 普段から学習に分節を取り入れる。(学習形態の変化) 一気に終わりまで同じ形態で学習を進めることのないようにする。 学習の途中で、学習方法をこちらから提示して選択させる。 独りにもどって時間をかけて考える。 独りの意見を班ですり合わせてみる。 二人で雑談... 続きをみる
教育随想 1064回 先生の指導力は 子供が変わるきっかけづくり
一人の子がいました。 この子は緘黙児童です。 今まで学年が変わるごとにそれぞれの担任が言葉を使わせるために苦心を重ねてきました。 6年生になって、A先生が担任になりました。 その子については、前担任から事情は聞かされていました。 A先生は、示された資料をもとに献身的な努力を重ねてきました。 結果 ... 続きをみる
学級づくりは、仲良しになる学級集団ではない。 学級づくりとは「学習集団づくり」である。 現在、小学校でも一部専科の授業を実施している。 専科であっても、学習集団を基盤にして授業をする。 理科であれば、理科の指導を通して理科を追及する学習集団を育てる。 学級集団は仲良しこよしの集団をめざすのではない... 続きをみる
ゆとり教育の総合的学習の授業は、子どもの関心、意欲に委ねた学習でした。 子どもの主体性を重んじた学習でした。 学習課題も子どもが主体的に決めるものでした。(理想として) ところが、子どもが課題を決定できる能力は育てられていませんでした。 「どうしていいかわからない」迷える子どもたちを指導者は助言で... 続きをみる
概数の意味を理解し、数を手際よくとらえたり処理したりすることができるようにするとともに、目的に応じて概数を用いることができるようにすることをねらいとしている。 「野球場の観客数が34523人と34500人、どちらが正しい人数かを子どもたちに話しあわせる。 野球場の観客数はたえず増減をくりかえしてい... 続きをみる
先生と生徒が教育的実践を通して、共に学び合う、励まし合うことが大切。 この言葉は実践者の戒めでもある。 先生も子どもたちも自分を育てようとする意欲に満ち溢れている。 子どもたちに頑張れと指示して、先生が動かないのではない。 先生は、常に、自分を育てていく気持ちが必要である。 そんなことは、昔から言... 続きをみる
学級崩壊という言葉は現場で言い古された言葉である。 しかし、本当に学級崩壊になったのだろうかと疑う。 特に、最近、子どもたちへの指導の様子を聞くと、学級崩壊ではないのではと思ってしまう。 そもそも、学級崩壊なんて,初めからなかったのではないか。 崩壊とは、くずれこわれることである。 だから、もとも... 続きをみる
教育の世界は、新しい造語を伴って、あたかも新しい教育が優れているという印象を与えている。 教科教育、教育心理、教科教育法、教育工学等あらゆる場面から教育にアプローチしている。 しかし、教科教育の本質は、教育哲学にある。 かつて、校長を退職され、そのあと授業実践を通して全国を行脚された芦田先生。 国... 続きをみる
教育随想757回 教育随想 情報の海の中で生まれ 育つ子どもたち
ネット検索 目的をもってみることが少ない。 最初は、ある情報を把握したいと思う。 しかし、すぐに他の情報に心がうつろいでいく。 そして、ネット情報の蟻地獄に陥る。 必要としない情報に引き込まれる どうでもいいはずの情報に翻弄される。 自分とはちがう異様な世界。 好奇心だけで検索する。 暇つぶしでも... 続きをみる
教育随想 501回 3年国語「きつつきの商売」 音だけで子どもと向き合う授業
子どもたちは、目でみる映像の世界に慣れきっています。 ビジュアルの世界です。 映像は、見えるものがすべてです。 映像は子どもたちの想像力を制限します。 今、見えないものに心を向けて想像を膨らませる力が弱まっています。 音を聞いて、見えない世界を見えるようにします。 耳で聞くのではなく「耳で見える」... 続きをみる
教育随想 433回 低学年の学習指導(その4) 元気に話す 返事と挨拶
前回は「静かに聞く」ことについてお話しました。 今回は「元気に話す」についてです。 「元気」という言葉を入れるのは「気後れせずに」という意味あいがあります。 低学年の話すことの指導は「返事」と「挨拶」です。 返事 名前を呼ばれたら、気後れすることなく「はい」という言葉で押し返します。 高学年になっ... 続きをみる
教育随想 307回 全員参加を意識 国語学習「こんなところが同じだね」の実際
4年 国語学習指導計画案「こんなところが同じだね」 目次のあとにでてくる最初の教材です。 全員が参加できるような設定になっています。 1指導目標 〇様子や行動、気持ちや性格を表す語句の量を増し、話や文章の中で使うことができる。 〇話し手が伝えたいことや自分が聞きたい中心を捉え、自分考えをもつことが... 続きをみる
散策のとき、近所の学校の横を通ります。 運動場が緑道に面しています。 体育の授業が行われています。 先生が子供たちに助言、指示を出しています。 先生は、子供たちを集めることなく指示を出しています。 その時の目は全体の子供を把握していません。 言葉が空中をさまよっています。 子供を視野に入れて話して... 続きをみる
教育随想 1113回 掲示物は生もの 賞味期限が過ぎたら外す
新学期には、学級のきまり、時間割、係活動等、多様な掲示がなされています。 それぞれの掲示物には賞味期限があります。 一学期掲示されたものが一年間はられていることがありませんか。 学年末には、掲示物の色がくすみ腐りかけていることがあります。 白くまぶしかった画用紙は、学年末にはくたびれてしおれていま... 続きをみる
レストランに行くことがありますね。 入店した瞬間、すでにレストランの風が吹いています。 張りつめた風、わくわくする風、なんとなくけだるい風・・・・。 すっきりとさわやかな風が吹いているレストラン。この風はどこから吹いてくるのだろうかと考えます。 見えるものは、ごみ一つ落ちていていない床。 清潔でて... 続きをみる
直接耳にした子供たちの声。 立場を変えてみると、納得できることばかり。 話題1 自転車の安全教室講習 教えてくれた自転車の乗り方、わかるけど町で見かけたことないよ。 だれがあんな乗り方をするんだろう。 本当に意味があるのかな。 「乗り方を子供たちが習得することではなく、世間にむけて、学校も安全意識... 続きをみる
指導者である先生は、とてもプライドが高いです。 プライドは高くもつべきです。 教育に携われることにプライドをもちます。 だからこそ、自分の指導方法が思わしくない時は自省します。 ところが、自分の指導がうまくいかないと子供を責め立てます。 だれにでも思い当たることがありますね。 勉強の時 先生「どう... 続きをみる
新年度、授業を開始する時、話し合い滑動を取り入れることがあります。 子どもたちの実態がまだわからない時には、独り学習に徹します。 先生を中心とした一斉学習をします。 子どもの前で、一時間、講義をすることができますか。 先生のお話だけで、子どもを退屈させないように話すことができますか。 45分間は大... 続きをみる
担任になると、子どもの前に立つだけで、子どもたちは先生の話を聞きます。 先生の指示にそれなりに従います。 子どもとの交際歴は初日のわずか1日だけなのに。 お互いの親密度は0に近いです。 もちろん、担任が代わったというだけで寄ってくる子どもたちはいます。 しかし、子どもたちにとっては、先生という肩書... 続きをみる
教育随想 882回 子どもは 先生の言葉ではなく 行動に従う
昔から誰もが分かっていたことです。 「教育は人間である」「教師である前に人間である」とよく言われる言葉です。 先生と子どもからも保護者からも呼ばれていると、いつしか、自分が偉くなったような気になります。 子どもたちを指導する立場にたつと、どこかで命令口調が多くなるものです。 その癖がレストランで会... 続きをみる
子どもたちの学力の向上をめざした教育団体は増えてきました。 国語の世界では、生活綴り方の見直しが行われました。 以後、「日本綴り方の会」「日本作文の会」と名前が変わりました。 作文を通して、社会や自分を見る目を養うことをねらいとしました。 理科では、1963年に科学史の専門家である板倉聖宣(いたく... 続きをみる
教師という肩書き。 新卒の時には、この肩書きをどのように受け取っていたのだろうか。 先生としての自覚、まじめで人間的にも少しは成長していこうと心に抱いていたはずである。 日々、自分を先生という仮面に近づけようと努力する毎日。 私が先生としての資質にかけるものが多かったからである。 だから、子どもた... 続きをみる
教育随想834回 子どもへの言葉かけではなく、先生から染み出る人間性
ある先生が一人の子どもとのやりとりが苦手であると言われた。 ことごとく先生の指示に反抗的であるらしい。 言葉かけがうまくいかない。 どのような接し方をしていいのかわからない。 その先生は、言葉を使っての働きかけばかりに気持ちが傾いている。 言葉かけは大切だか、それは、子どもに対する接し方のひとつの... 続きをみる
一年間,子どもを担任して、学習指導を通して、どれだけの子どもたちが成長したのか。 そして、先生は、どれくらい先生として育てられたのか。 一年ごとに子どもと共に成長する先生は,10年たったらどれだけの先生になっているのか。 本当に,子どもたちから学んでいるのであれば、先生は成長するはずだ。 子ども... 続きをみる
教育随想 417回 学校教育目標は 子どもではなく先生自身の目標
学校教育目標は現実の子どもを否定するところから始まっています。 今の子どもの実態が職員会で話し合われます。 自主的に勉強しない。 友達に対して、やさしさが足りないような気がする。 何をするにしても、忍耐力がたりないようである。 だから、 主体的に学ぶ子 やさしい子、思いやりのある子 ねばり強い子... 続きをみる
教育随想 370回 先生、ぼく、宿題をしないからねと 宣言する子
学習意欲が乏しい子ども、どの学級にもいます。 4月に新しい学級をもったとき、歓迎されない子どもたちがいます。 一つは、問題行動をとる子どもです。 二つ目は、学習意欲がほとんどない子どもです。 先生のつぶやきとして 「今年は、難しい子どもがいるので大変だ」 「えっ、あの子が私のクラスに入っている。」... 続きをみる
教育随想 309回 理科 「自然にせまる」前に「自然の中に在る」
どの学年においても、一年間、あるいは部分的に生物学習があり、自然が取り上げられています。特に、4年生の理科学習は、一年間を通して春夏秋冬の季節の変化を学習します。 次のように目標が掲げられています。 単元設定の趣旨 ★継続して生物の変化に関わることを通して、生物への興味関心が高まると共に 命を愛... 続きをみる
救急医療の現場のドキュメントテレビが時々あります。 救急医療に携わる先生の逞しさにいつも感銘を受けています。 自分の専門はあっても、すべての病気、ケガに対応しなければいけません。 最初に患者に出会う医者としての責任は重いですね。 救急医療に携わる先生の言葉が印象的でした。 「他の病院が閉まっている... 続きをみる
テレビをほとんど視聴しなくなりました。 たまに、テレビをつけると、バラエティ番組の騒がしさに困惑します。 言葉が流されてしまっています。 言葉に重みがなくなり、ひたすら、刺激的な口調だけが番組を支配しています。 会話の中に沈黙がありません。 先生が子どもに話すときはどうでしようか。 授業において、... 続きをみる
担任紹介のあと、教室に入ります。 この時は、先生も子どもたちもなんとも言えない新鮮な気持ちになります。 わくわく感とほどよい緊張感がわいてきます。 お互いによく知らない者同士のお見合いなものでしょうか。 子どもたちは「どんな先生かな」と不安と期待をもって先生を見守っています。 子どもは先生の言葉や... 続きをみる
先生が新しく学級の担任になります。 「最初が肝心だ。だれが先生かを子どもに理解させなければならない」と言われた先生がおられました。威厳をもって先生の指示に従わせる方針をたてて指導にあたられていました。 これも先生の一つの生き方でしょう。 ただ、一年間の子どもたちは伸び悩むことになります。 学級を維... 続きをみる