教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想 852回 オンライン授業で先生の授業力が低下

コロナ感染が拡大したとき、一時的に学校が休校になった。
学校は、自宅待機している子どもに対して、自宅にいる子どもたちにネット授業を始めた。
先生方は、一時、オンライン授業の準備に忙しくなった。
準備がすぐにできないので、その間、教育委員会所属の指導主事が授業を実施した。


学力を落とさないための授業ということで始まった。
どのような学力をネット授業で補おうとしているかよくわからない。
現場の先生に尋ねても、その目標が曖昧である。
教科の授業時数確保のために必要だと言われる。
とりあえず算数を中心に始められた。
先生の教科書にそって説明していく授業であった。
他の教科学習については、詳しいことは聞いていない。


その当時、世間では子どもの学力が落ちる。
授業時間の確保が必要だというニュースが流れた。
教育委員会では、オンライン授業を実施しているので大きな学力の低下はないとコメント。
そこでも、どんな学力かは問われていない。
当然のごとく、知識中心の学習になっていることがわかる。


子どもは自宅で授業を受ける。
緊張感は学校にいる時に比べて少ない。
映像と先生の話と指示によって学ぶ。
学ばせようとする講師の意図はわかるが、それが、子どもの学びにつながっているかどうかわからない。


オンライン授業を受けている子どもたちは、物珍しさもあっておもしろいという。
なかには、わからなくても先に進められるので困ることも多いとか。
すぐに質問できるようになったらいいのにという要望。
子どもたちも勉強好きな子とそうでない子とでは反応が異なる。


さて、問題は、指導する先生のほうである。
一方的に、ネットの向こうに座る子どもたちを想像して授業をする。
一般的、標準的な子どもたちを念頭におく。
子ども一人ひとりに対応しながら、子どもの表情を見ながら授業を進めることができない。
間合いの感覚、子どもの反応把握の力が抜け落ちていく。


舞台俳優が言われた言葉がある。
「映画とちがって、舞台は、お客さんの反応で俳優の演技は支えられている。
 客の様子を把握しながら自分の演技を修正していく」ということだ。
対面授業も同じではないか。

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