教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想 79回  聞くことは 誤解すること

聞くという行為は、常に、話し手の意図を誤解するところから始まっています。
話し手の伝えたいことを的確に把握することは、大人でも難しいことです。
まして、話し手の言葉の奥に隠されている思いは、簡単にはわからないです。


聞くという行為を、「目を見て聞く」「体を話し手に向けて聞く」という姿勢だけを問題にしていると、子どもたちの「聞く」という行為は形式化していきます。
いわゆる、子どもたちの聞いているふりを助長することになります。


聞くということは、常に、誤解することであると言えます。
話し手の考えを聞いていると、「どういうことかな」「よくわからない」「もっと説明してほしい」という聞き手としての思いが生まれてきます。そして、その思いを話し手に返すことで、自分の誤解を修正していきます。


子どもたちは、おとなしく聞いています。(そうでないこともありますが)先生が説明します。そのあとで、子どもたちに「今の先生の話、分かった人は手をあげなさい(禁句の言葉ですが、指導のため活用します)」
挙手した子どもに1人ずつ尋ねます。
「あなたは、どんなことが分かったのですか」
子どもたちは、1人ずつ答えます。先生は、子どもたちのわかったことを簡単に黒板にまとめていきます。


子どもたちの話が終わった後に言います。
「みんなのわかったことを書いてみました。話し手は先生1人です。それなのに、わかったことが1人ひとり違っているのはどうしてでしょうか。」
わかったと思っていることが子どもによって少しずつ違ってきます。
この違いが聞き手の誤解なのです。


 この誤解をもとにして聞くことの指導が始まります。
 誤解を修正することを指導します。
 「今の先生の話の中で、少し分かりにくかったところはありませんか」
 「・・・・はどういうことですか」というように聞き直してくださいと伝えます。
 子どもたちに挙手させて言わせます。そして、その分かりにくかったことに対して、先生が補足説明をします。
 「聞くことは、話し手の言葉が耳に入ることではないです。あなたが聞いたことを納得することですね。そうだったのかと納得することです。」


ここで聞き返して尋ねることを指導します。
聞き返すことは、自分のわかり方を修正することです。
聞いたことを自分で問い返すことです。
聞き手として受け身の姿勢から積極的な姿勢へと転換させます。
 この指導は、毎時間の授業の中で三週間は継続させます。花火指導のようにその時だけ実行してもだめです。
大切なことは継続します。


 「どういうことですか」という姿勢から「先生の言いたいことは、・・・ということですね」というように、「聞き正す」ように指導していきます。
 「聞き直す」から「聞き正す」という指導も継続していきます。


 新しい指導を導入するとき、全員の子どもに徹底させる必要はありません。
まず、できる子ども数人でいいのです。
周りの子どもたちの模範になればいいです。
その子を核として、聞き方が広がっていきます。
周りの子どもが自然に身に着けられるように決して圧力をかけないようにします。
 担任の指導期間は、365日です。
一か月や二カ月で指導を終了させてはいけません。

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