教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想 64回 そろそろ 不登校が始まる 

先日もある先生から不登校の子どもの相談を受けました。
この時期から6月の上旬にかけて第2弾の不登校の子どもがでてきます。
第1弾は、4月です。


子どもたちは、「先生、しんどいので保健室に行っていいですか。」と言って、保健室を避難場所にします。
保健室に行く人数の多い学級は要注意です。
子どもたちの意欲が落ちてきています。
学級でけがが多くなるのも要注意です。個人だけのせいにしてはいけません。



子どもたちは、現実逃避の言い訳として保健室に行ったり、欠席したりします。
本当に身体的な病気なのか、精神的なものからきているものなのか。
最初の保険室に行かせるときに観察します。


欠席理由は重要です。
必要によっては、電話だけでなく家庭訪問します。
電話の場合、昼食前に電話します。
その時に、本人が元気になっていたら要注意ですね。
「朝、調子が悪かったのですが、今は元気になったようです。」という保護者の声。これも要注意です。
午前中に回復したという子どもの中には、学校に行きたがらない理由が芽生え始めています。


登校時間がいつもより遅くなっている子はいませんか。
登校前、教室で待機します。
子どもたちの登校時間はだいたい決まっています。
その時刻を先生は記憶しておきます。


始業時刻のぎりぎりに飛び込んでくる子はいませんか。
毎日、そうなっている子どもは、家庭生活に問題がないかを調べます。
保護者の養育放棄、子どもの怠惰、家庭環境の変化(親の離婚など)
その事実の裏にある子どもたちの事情を推理しましょう。
そして、確かめましょう。
4月の不登校、親の養育態度に関係している可能性があります。
5月の不登校、友だち関係づくりに問題があります。
6月の不登校、担任の先生との関係構築ができないときにおこることがあります。
これは、経験上での実態で、一般化することはできません。


子どもたちの欠席はつらいです。
先生として、何か子どもを傷つけたのではないか。
見落としていることがあるのではないか。
ああ 反省 落ち込み 
でも 明日はやってくる 子供たちもやってくると期待します。


担任を任されるというのは、楽しいことよりも苦しいことのほうが多いですね。
子どもと心が離れてしまったかな。
ちよっとつまらないことを注意しすぎたかな。
叱ってはいけない場面ではなかったのかな。
子どもたちへの話がくどかったかな。
授業の準備不足で子どもたちを魅了させられなかったかな。
授業で何人かの子どもたちを残してしまったかな。
反省ばかりの毎日でした。


自宅に帰ってから、一人ひとりの子どもたちの顔を思い出します。
ただ思い出すのではなく、それぞれの子どもたちと どんなことで関わりをもったかを名簿にチェックを入れていきます。
子どもたちとの会話、表情を思い出します。
でも、でも、全員の子どもたちを思い出せないことも多かったです。
そんな時は、次の日の朝、一番に声をかけるようにします。


印象度の高い子ども、低い子どもがいます。
私の関心の持ち方にばらつきがあるということです。
先生という仕事で一番厳しいことは、仕事について一年目であっても、教室ではベテランの先生と同じ責任を子どもたちに持っているということです。
子どもたちによって、少しずつ先生にさせてもらっているのですね。


先生がいるから、子どもたちがいるのではありません。
そこに、子どもたちが登校してくれているから、先生として生きることができるのです。
子どもが全員不登校になったら先生でなくなってしまいます。


先生が不登校になっても、代わりの先生がいますが・・・。

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