教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想 588回 コロナ禍 学びの灯を消さない ネット授業?

コロナ禍で学校が休校しているところがあります。
ネットを介して、学校の先生が家庭の子どもたちに授業配信します。
あるテレビのニュースで、学校の先生から次のような言葉を耳にしました。
「学校が休校になって、学びの灯を消してはいけないのです。」
かっこいい言葉に聞こえます。
知らない人から見ると、熱心な学校の取り組みだと思われるでしょう。


でも、私は、この言葉を聞いて吹き出してしまいました。
「学びの灯」は、そもそも子どもたちにあったのでしょうか。
退屈でつまらない授業を受けなくて、ラッキーと思っていた子もいるはずです。
学びの灯を消さないというならば、その学校の今までの取り組みを提示すべきです。
子どもに対して、学習意欲増幅、学力向上に向かっての具体的な指導内容を説明する必要があります。
そして、子どもたちが登校しないことで、その取り組みにどのような影響を及ぼすのかを説明する必要があります。


教育の世界は、すぐに、曖昧な言葉で本質をオブラートに包みます。
登校しないと学習が遅れるので、ネット授業で補充しなければとある教育委員会の方針が各学校に出されています。


そこでいう学習の遅れをはかる基準は、「授業時数」のみです。
決して、学習内容や教育効果ではありません。
ネット配信授業で一定の知識は発進できます。
しかし、子どもたちがその内容(授業)を心において受信しているとはいえません。


ネットによる授業は、学習内容を効率的に伝えようとしています。
そのことで、もちろん、良い面もあります。
先生がつまらない内容をだらだらとおしゃべりしているよりはましでしょう。
計画的に認識内容を伝えるようにしていますから。


ネット授業が教育の先端をきるような印象をもってはいけないと考えます。
教育には昔から変わらないものと流行に流されるものがあります。
不易流行

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