教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想 481回  子どもは 自然をながめない

どの学年でも自然観察は、植物、動物等の自然を観察して記録します。
よく見て、くわしく書くように指導します。
物事をくわしく観察することは大切なことです。
よく見て書くようにと指示して、活動に入らせます。


しかし、この指導には最も大切なこと、根本的なことが抜けているように思います。
観察する前にすべきことがあります。
大人は、自然をながめて感動して心の記憶に残します。


ところが子どもたちを見ていると、必ずしも自然をながめていません。
自然と、ながめている子どもとの距離があります。
低学年の子どもたちほど、ながめるのではなく直接に自然に入り込みます。
草木や花、虫に直接触れます。
今は、危険だからという理由で触れさせない学校もあります。


しかし、子どもは目でながめるよりも直接自然に入り込みます。
手でふれて自然に入りこみます。
身体ごと自然の中に飛び込まないと感動しないのが子どもなのだと感じています。


かつて、自然学校を実施していたとき、私は、半日、高原で寝そべって過ごす計画を入れました。
子どもたちは、自然の中に入り、身体ごと包まれていることを楽しんでいました。
その体験を、その日の夜に、絵や作文、短歌や俳句に表現させました。


私たち大人は、目でながめて頭で理解しようとします。
子どもたちは違います。
自然を肌で感じ、手でふれてその触感を楽しみ、さらには、においをかいで自然の香りを身体の中に入れます。


自然観察、まず、観察を抜きにして、学習園や野外で身体を投げ入れるような指導が最初にあると思います。
自然を見た目だけで取り入れるのではなく、身体ごと触れ合えるような環境設定をしたいものです。

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