教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想 420回  授業者は 教えることを通して子どもの学びを育てる

授業のよしあしは、指導者がどれだけ教えたかで決まるのではなく、子どもがどれだけ学んだか、学び取ったかによって決まります。


授業案の基礎にあるものは、以下の三点です。
①指導者がどういう考えにたって授業に望むのか
②教材についてどれだけ研究つくしたか。
③子どもの力がどれだけ開発されているか。
以上の三点を三回に分けて書いてみます。


指導者がどういう考えにたって授業に望むのか。


授業が、教えることに偏っています。
教え方の技術とその過程をどうするかに偏っています。
授業は教育です。
「教えること」と「育てること」の両面があって教育といえます。
どちらに重点をおけばいいのでしょうか。
それは「育てる」に力点をおきます。
自発性、自力性、自主性を育てて、子どもたちを独り立ちさせます。
「教える」ことを通して「育てる」ことを目指します。
教えることと育てることは同時進行です。


したがって、まず、授業で考えなければならないことは、子どもの何を育てるかです。
それは学びの姿勢です。
そのために、この教材を活用して、どのように教えると、子どもが自主的に学ぶようになるかを考えます。
さらに、教えることを通して、どのような考え方を育てるかも考えます。


さて、一つの教材を前にして指導者が考えることは何でしょうか。
一つは、その教材の価値です。
その教材は、子どもたちのどのような考え方、技能を育てようとしているのか。
二つめは、この教材の核、理念ともでも言いましょうか、どうしても教えなければならないことは何かを探ります。
三つめは、今、子どもたちに育てたい力は何かを考えて、教材の提示の仕方、学ばせ方を考えます。


先日、授業研究会の話をしましたが、そこでは、子どもたちがわかる過程、理解過程だけが話し合われました。
その授業が、算数のどのような力を育てようとしているのかは問題になりませんでした。
算数においては、一つの問題を解決できたとき、次の問題は自力で考える主体的学びを育てることです。
算数の単元学習において、第1時の授業で学び得たことが、第2時の授業に生かされて、自力解決できることが多くなります。
単元学習の最終の授業では、子どもたちの独り立ちした姿をみることができるようにします。
いつまでも、先生が子どもの手を引っ張って教えないようにします。
校外学習で先生が先頭にたって、最後まで引率するようなものです。

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