教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想 709回  自立とは 友だちを頼ること

自立とは、友だちを頼らないで自分ひとりで生きることではないのか。
親は、自分ひとりでできるようになりなさいと言う。
先生は、自分のことは自分で周りに頼らないでできるようになりなさいと言う。
どれも間違っていない。


私たち大人が道に迷ったとき、なんとか自分で地図を頼りにたどり着こうとする。
その時に、できるなら他人に頼りたくないという気持ちもあるだろう。
しかし、思い切って誰かに道を尋ねるのも自立ではないだろうか。
誰かにわからないことを尋ねることは、少し勇気がいる。
他人と会話しなければならせない煩わしさがある。
反対に、他人との関わりを積極的に求めることも必要である。


子どもたちの学習の場に目を移そう。
わからないことを自分で考えることなく「教えて」と言って、友だちをすぐに頼りにする子がいる。
そのような場合は別にしょう。
子どもが考えている時、どうしても一人でわからない、解決できないとする。
その時に「○○さん、ここがわからないんだけど教えてくれないかな」と話しかけるのは、自立しているからではないか。
わからないことを尋ねるためには、自分がどこがわからないかを明確にする必要がある。
「教えて」と友だちに話すのは、「わたしはわからないんだ」ことを明らかにしなければならない。
自分のマイナスを明らかするに恥ずかしさを感じるかもしれない。
自分を大きくみせるために、わかったふりをしていない。


友だちや先生に「わからない」と言えるのは、その子の自立、もしくは、その始まりかもしれない。
わからないのに、聞いてみたいのに黙っている子もいる。
自分からわからないことを言える勇気がいる。


もう一つ大切なことがある。
たずねたときに、相手から親切に教えてくれる人間性が必要である。
相手から嫌われていては、教えてもらえないことがある。
快く教えてもらえるためには、他者との関係が良好であることが大切。


自立とは、周りの援助を振り切ることではないようだ。

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