教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想  708回 発言、質問禁止の授業の試み

社会科の専科の先生の指導。
「発表していない子は立ちなさい。」
発表していないのかできない子なのか。
していない子は、必要性を感じていない子。
発表できない子は、今の授業内容に自信がない子。
そのような子をいきなり立たせてもよいのだろうか。


指導者は、全員参加の授業に発表は不可欠であると考えている。
本当にそうだろうか。
私たち大人が自分の意思で講演会に足を運ぶことがある。
その時、黙って聞いている。
自分の体験や知識をもとにして、講演者の話を聞いている。
黙っているけど、頭で参加ししている。


このようなことが子どもたちにも言える。
子ども一人一人が頭を動かしている、動かせる指導が必要。


試しにしてみることがある。
それは、子どもたちに最初に話す。
「みんなは一言も話してはいけません。質問も駄目です。」
先生の話だけで一時間の授業が続けられるようにする。
子どもたちの理解の程度は、返事や発表でフィードバックできない。
そうなると、子どもたちの表情、特に眼差しで判断する。


考える間合いをとる。
この間合いを指導者は学ぶことになる。
たずねていることが理解していなと判断すると、繰り返す。
あるいは、説明しなおす
事例を変える
視点を変えて説明する。


このような授業をすると、一瞬たりとも子どもから目を離すことができない。
子どもの言葉を介さないで、子どもの理解の程度を見切る力が指導者に育つ。
最初は、一時間が長いので、半分の時間でよい。(20分程度)
この試みは、子どもたちが退屈しだしたら即中止。
先生の負け。


指導者は、話だけで子どもを惹きつけなければいけない。

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