教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想 451回  社会科学習 情報収集から 疑いへ

今、コロナを中心にいろいろな報道がなされています。
どの報道が正しいのかわかりにくいです。
しかし、テレビ等のワイドショーは、最初から世論を操作しようとする意図が見え見えです。
ある一定の主張をするために、特異な事実を一般化、誇大化しています。
私たちは、不安ばかりが膨らんできます。


さて、情報社会と言われながら、それが本当によいことなのか疑問に思います。
情報元は何か、他の観点の違った情報を探してみる、科学者、特に、ウィルス専門の学者の意見を調べるなど、今、私たちの前につきつけられている情報を疑うことから始めます。


情報は疑うことです。。
テレビのインタビュー記事も都合のよい人だけの声です。
もっと多様な意見があったはずです。


さて、最初から少しぼやいてしまいました。
ここから私は、情報を集めるだけではだめで、その情報の価値を子どもたちに指導する必要性を改めて感じました。


社会科の教科書には、写真、表、グラフ、絵などの資料が示されています。
子どもたちに、それらの資料を自分の目で読みとる練習をします。
資料もとはどこか。
いつの資料なのか。
どんなことを伝えるための資料か。
資料をみて、どんなことがわかればいいのか。
そして、自分はどんなことがわかったのか。
さらに、どんなことがわからないのか。
突き詰めて、この資料からわからないこと、疑問に思うことは何か。
他の資料を見つける必要はないのか。


このようなことを学年に応じて、少しずつ、指導の項目を増やしていきます。


特に、目の前の資料から、何がわかって何がわからないのか、見えてこないのか、考える力を育てることが大切です。

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