教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想 153回 自治への目覚めとしての朝、帰りの会

4月に子どもたちと出会ったときには、「先生、朝の会は」「係いつ決めるの」と聞いてくることが多いです。
学級運営の仕組みを前学年にあったからということで、簡単に続けようとします。
子どもたちは、朝の会等を先生の連絡の場だと考えている子どもが多くいました。


私は、4月の最初には、朝の会をしませんでした。
すると、子どもたちは、先生からの連絡はどうするのかと質問がありました。私は、先生からの連絡は黒板に書いておくと話しました。
それでも、朝の会はしたほうがいいのではと訴えます。
どんなことをしたいかとたずねると「今日のめあてや反省」だと答えました。私は、それをしたことによって、今までどんないいことがあったのかを聞いたのですが、あいまいなままでした。


私は、朝の会や終わりの会をすることにしました。
ただし、挨拶のみにしました。
朝、気持ちよくスタートが切れるように「おはようございます」とみんなで挨拶しましょう。帰りは「さようなら」と気持ちよく別れましょう。
これは低学年の場合も同じようにします。
気を付け、動きが止まるその瞬間をつくることがねらいです。
緊張した空気を生み出すことで、お互いがその空間を共有しているという気持ちを持たせます。
先生は、動きが静止するまでひたすら待ちます。最初のうちは1分間かかります。


やがて、1週間、2週間・・・と生活していく中で、これは、入れたほうがよいというものがでてきます。
先生からの連絡、みんなからの連絡、お願いなどが入るようになります。
あれば便利だという内容も入ります。
生活に必要、なくてはならないものから導入します。
そこに、子どもたち同士の話し合いが生まれます。
子どもたちは前の学年でしていたことを入れようとしますが、それをさせないで、「今の学級にとって必要なものを考えよう」と提案します。


一日の生活の中で、学習については先生が仕切りますが、生活については自分たちで考えさせます。(学習も2学期後半から主体性を発揮させますが)


朝の会にとって、最も必要なことは、「朝から帰りまでの活動を見通せる、見通すこと」です。
学習の場所、特別教室か教室か、運動場か、体育館かなどを見通します。
学年行事や学校行事などの時間と動きについても理解しておきます。
先生の指示がなくても、子どもたちだけで移動できる、活動できるようにしておきます。
学校生活の中から先生の指示を少しずつ減らします。
朝の会で連絡したものは、再度、繰り返さないようにします。
繰り返すと朝の会で確認することに意味がなくなってきますね。


学校での生活は、先生だけの生活ではなく、子どもたち自身の生活でもあることを自覚できるようにします。
簡単なことではありませんが、根気よく支援していきます。

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