教育随想 1020回 授業指導案の個性化
先生方は、ふだんから「教える立場」それとも「育てる立場」のどちら立場で指導されていますか。
両方の立場で指導されている先生もおられます。
「教える立場」が多いという先生。
「育てる立場」が多いという先生。
子どもたちに意図的、計画的なプランで実践していく時、どちらかというと「教える立場」で語られていることが多いです。
授業を例にとると、教材の何を、どのように教えるかを意図して実践しています。(前からの牽引作業)
その時の対象指導は、一般的、名前のない子どもたちです。
子どもの姿は浮かんでも顔の表情がなく真っ白です。
だから、今日、活用できた指導案は来年も活用できます。
子どもが特定されていないからです。
育てる立場にたつと違ってきます。
子どもたちの後方支援です。
あるいは、子どもの横を走る伴奏、寄り添いの支援です。
育てるという場合、知識獲得よりも学びの姿勢であり学び方です。
育てる時は、個々の子どもの顔の輪郭が見えます。
一般的な子どもはいません。
いつもA君でありB君が指導対象です。
先生の教育的実践が個性化を帯びてくるのは、一般的児童ではなく個別的な児童を対象とするからです。
どの学校、どの教室でも使える指導案は、すでに化石になっています。
今、目の前にいる子どもたちをどのように育てるかを意図した指導案は個性的です。
その指導案を使って他の先生が授業してもうまくいかないのです。