教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想 374回  学習ルール  先生が決めて子どもが壊す

学習ルールの多くは指導者が最初に決定します。
挙手の仕方や発言の仕方も最初に決められています。
指導者の都合で決めることが多いです。
これは、子どもたちが決めることは難しいと判断したからでしょう。
子どもたちは、先生のルールにあまり考えることなく従います。
最初が大切だという先生は、その方法をとられることが多いです。


さて、子どもたちにとってはどうなのでしようか。
学び手である子どもたちは、そのルールで学習しやすいのでしょうか。
先生のルールで納得しているのでしょうか。


だからといって、最初に何も決めなくてもよいと言っているのではありません。
一つもルールがなければ、集団学習は成立しません。
まして、低学年ほどある程度の「縛り」がいるものです。


しかし、どのようなルールであっても、集団が誕生してから一か月たてば、子どもたちは、最初から決められたルールではやりにくいことが出てきます
これは、生活においても同じです。


最初のルールを先生が決めたとしても、ひと月たったら壊していきます。
壊すというのは、子どもたちにそのルールを吟味させることです。
もっと学びやすい、生活しやすいルールがないかを考えさせます。


発言ルールを例に挙げます。
「はい」と返事をして挙手する。
中には「はい、はい・・・」とうるさく挙手する子もいます。
発言の時、立って発言するところもあります。


上のようなことを実際に子どもたちに経験させます。
その時のメリット、デメリットを考えさせていくようにします。
学習の主役は子どもたちです。


返事をして挙手するのは、まだ、考えつかない子どもたちにとってはプレッシャーがかかります。
挙手している子は、得意げな顔をしています。
返事をせずに挙手だけして静かに待つというルールを考えるようになります。


立って発言するときの椅子の音が気になります。
考えている子どもたちの思考を中断します。


授業における子どもたちの発言の仕方は、昔からの習慣によるところが大きいようです。
特に、先生が小学生の時に受けた学習の仕方が土台になっていることもあります。


私の場合、子どもたちと考えて続けてきたことは、座って話し合うことでした。
話し合うことは、お互いの考えを深めあうことです。
挙手することもありますが、話し合いに全員が参加するようになれば、基本的には、自由発言です。
できるだけ日常生活に近い話し方をするほうが、子どもたちにとって話しやすいことがわかってきました。

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