教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想 117回 ストレスをかかえる子 暴力をふるう

先日、私の家に勉強に来られている現場の先生から伺った子どもの話です。


4年生の男の子。学級の友だちをける、たたくの暴力をふるう。
特に、自分よりも体力的、知的な面で下位にある友だちに対して、攻撃的な言動がみられる。自己中心的で、授業中、自分の意見が受け入れないと不機嫌になる。勉強は優秀で有名私立中学校受験をめざし、進学塾に通う。
保護者に伝える。保護者は、成績のことでストレスが溜まっているのだろうと話す。家で注意しておくとのこと。本人の話では、成績のことで母親がたたく。
本人は、暴力をふるったあとで後悔している。


担任の先生は、その子を生徒指導の先生といっしょになって注意したそうです。暴力をふるわないことを注意したそうです。約束させたとのこと。


 咳が出たらセキドメ、熱が出たら解熱剤、下痢したら下痢止めと対症療法にすぎません。子どもたちへの指導も同じです。対症療法でしかありません。
子どもに「暴力をふるったら友達もいやだろう。あなたもいやでしょう。つらいはずだよ」と話しかけます。


なぜ、その子がそのような行動をしてしまうのかを推理しなければなりません。
ストレスは、暴力の原因ではなく、きっかけにすぎません。
なぜ、ストレスになっているのかを考える必要があります。


彼には、落ち着ける場所、安住の場がありません。
家では父母ともに、受験指導をしているようです。
子どもがもらってくる成績に一喜一憂しているところがあります。
親の期待を受けて、それにこたえられない時の子どもの気持ち、つらいですね。
子どもは親に認めてもらうために必死になるものです。
認めてもらえないと、どうなるでしょうか。
逆に反抗的な態度で、自分の存在を示していくしかありません。


いずれにしても、学校や担任が「もう、暴力を振るわないように」という約束をしたということですが、ほとんど無意味ですね。
保護者の問題であり家庭の問題です。
しかし、このケースは、保護者に子どものことを言いすぎると逆に学校に不満を持ちます。親のプライドが許さないからです。学校での子どもの不名誉なことを聞きたくないはずです。自分の子どもに対する教育方針に自信をもっているからです。


そこで、先生と子どもとの関わりを通して教室の中に、その子の居場所を作ってあげることです。その居場所とは、ほっとするところ、自分の違う面がだせる場を設定します。


暴力をふるう子ども、暴力もその子の自己表現です。
しかも、ふるったあと後悔しているようです。だから、自分でもわかっている暴力のことを担任から責められると辛いものがありますね。


 暴力をふるうことで 泣いているのです。
 暴力をふるうことで 求めているのです。
 暴力をふるうことで 勉強だけの自分を否定しているのです。
 自立ではなく、自律できない子どもです。


その子が約束のときに言ったそうです。
「今度から友達ではなく自分をたたくようにする。」
自傷行為です。バランスをとるための行為です。


担任は、その子の勉強以外の面で個性的なところを見出すことです。
そのことを真ん中にして対話できるような関係にしていきます。
生徒指導の先生が「自分で自分をたたくなんて変な子ですね」といわれたそうですが、変な子にしてしまったら、そのあとの指導はありません。
存在感の希薄さは、手首カットの行動と類似しています。


彼を勉強以外で認めていくようにします。
彼のマイナス面も彼であるということを理解させます。

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