いつも不思議に思ってきたことがあります。 小学校にに入学して6年生になり、やがて卒業する子どもたちを見ると、高学年になるほど低下してくるものがあります。 その一つに「挨拶」があります。 一年生の子どもたちは、とても元気に挨拶をします。 ところが、学年が上がるにつれて「挨拶」に元気がなくなり、無視する子どもたちも出てきます。 挨拶は対人関係をより親密にするものです。 対人スキルがどうのこうのと言う…
コンピュータも情報を入れなければ機能しません。 今の子どもにとっての情報は体験です。 しかし、映像を通しての「疑似体験」「間接体験」は知識の出入りにすぎません。 何を どう考えて いかに解決するか これが子育ての原点ではないでしょうか。 コンピュータを活用して、子どもたちに情報を得させても、そこには直接、肌に訴える感覚がありません。 自分から直接「物事に触れる」=「能動体験」「直接体験」によって…
子どもを育てることは、親にとっても先生にとっても難しいことです。 子育て論も街がなかにあふれています。 しかし、一般化できる子育て論などあるのかと疑問に思います。 一人ひとりの子の個性と能力が違い、養育環境も違うななかで、子育てはすでに各論です。 それぞれの子に応じて子育て論があるように思います。 先生の子どもに対する指導も同様です。 昔の子育てに関する言葉を紹介します。 「養うて教えざるは親の…
私は、庭で花や野菜を栽培しています。 これは、教員をしていた名残りであり恩恵でもあります。 教員生活の後半は、赴任校の栽培を任せていただける機会が多くありました。 そのおかげで、退職後も栽培活動を続けてきました。 現在も、私は、苗を購入するよりも、できるだけ種をまいて育てています。 種は命の始まりです。 種をまいて発芽させるには、気温と水分の環境を整えることが最低の条件です。 特に、今ごろの気温…
かつて、自然学校が行われた時のことです。 いつも気になっていたことがありました。 自然学校で係の人が、子どもたちにごはんを盛った茶碗を渡している時、多くの子どもがその茶碗を片手でもらっていることでした。 修学旅行の時も気になりました。 両手でもらうことの意味、大切さを学ばせたいと考えました。 その時に出会った坂村真民さんの詩でした。 明治42年、熊本県に生まれる。 8才の時に父親が亡くなり、どん…
1762年に執筆、出版されたルソーの「エミール」からの抜粋です。 ・・・・・以下抜粋・・・・・ 子どもを不幸にする最も確実な方法は何か。 それは欲しがるものを何でも与えてやることだ。 子どもの欲望は日増しに大きく膨れ上がり、いずれは親が拒絶しなければならないことになる。 拒絶になれていない子は、強い怒りを覚える。 自分がほしいと思えば、何でも手に入れていた側からみて拒絶は反逆行為に当たる。 …
子どもが不登校になったとき、一番心を痛めているのは保護者の方です。 中学から高校までの6年間不登校で引きこもっている子どもの保護者がおられました。 長男で、その弟が私のクラスにいました。 その関係で、弟のことよりも長男の息子さんのことが話題にあがりました。 懇談会の時は、半分は長男の様子についての相談でした。 母親は自信を失っていました。 関わると反抗的になるようです。 私がその話題に関わるよう…
姿勢を正して座りなさい。 机やロッカーは整頓するようにしなさい。 掃除をするときはまじめにしなさい。 服装については、もう少し自分で注意をするように。 わからないことは、自分で参考書や辞書を活用しなさい。 文字はていねいに書きなさい。 これらのことは口で指導して子どもに身につくのでしょうか。 子どもは親や先生の言葉ではなく、後ろ姿、背中を見ています。 先生が教卓で子どものノートや参考書・辞書を見…
悼平和祈念館のモニター画面。 原爆でなくなった人の顔。 わたしくらいの子 わたしより小さな子 おさない子どもたち 赤ちゃんまで 生真面目な顔 すました顔 はずかしそうな目 かしこまって写っている 口元だけ今にも笑いだしそうな子 この場面で読み取りのキーワードは 「どきれなく現れ続ける顔をずうっと見つめていたら、気が遠くなりそうだった」 「でも、どうしても目がはなせなかった」 どうし…
平和祈念館の見学 まず、原爆祈念館を出た時の気持に注目する。 祈念館に入り出るまでの綾の気持の変化を追う。 物語文はキーワードを拾って、あとは、子どもたちが何回も読み直して考えられるようにする。 どの文、言葉を核にしたら子どもたちの読みが深まっていくか。 先生はそのきっかけを提示するだけである。 自力読みで子どもを鍛える。 そのポイントになる文は 「半分も見て回らないうちに、わたしは頭がくらくら…