教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想1134回 国語 ワークシートに頼りすぎ? 「スイミー」の指導

路傍の石


学校によって違うと思われるのですが、先生がネットからワークシートの資料を印刷されて、そのまま活用されることが多いと聞いています。

それは先生にとって利便性があると思われるが、果たして、それで国語力が培われるのだろうかと疑問に思ってます。

 

たとえば、2年国語「スイミー」の教科書の手引きには、すでに課題があげられている。

目標「お話のようすを思いうかべて、すきなばめんについてつたえあおう」となっている。

さらに、五つの場面にわけて、「それぞれの場面でどんなことがおきたか、ことばに気をつけてばめんのようすをおもいうかべましょう」

さらに、それぞれの場面でスイミーは、どんな様子や話し方であったかをたずねている。

 

これらの内容がワークシートに書き込むように設定されている。

子どもたちがワークシートに整理されて書くことができるのは全員の子ではない。

ワークシートに書く指示は、授業者としての怠慢ではないかと疑う。

私は、国語の物語文においてワークシートを活用したことがありません。

子どもとともに、言葉や文章に即して主人公に同化していけるように指導していました。

物語文の良さは、子どもたちが主人公に寄り添って、物語の世界にのめりこんでいけることです。

 

物語文において、言葉にひっかかりながら場面の様子や主人公の心情に迫れるように指導する必要がある。

最初から子どもにワークシートに考えたことを吐き出させるのは難しいことである。

授業者は、文章に対して、もっと主体性を発揮すべきである。

もっと、指導力を発揮したほうがよい。

 

過去のブログで、スイミーの指導については、769回 770回  771 回774回のところで一部説明しているので、時間が許されるならば参照してください。

 

 

今回、第二場目の指導について付け加えます。

 

2年 国語 「 ス イ ミ ー 」 第3時 

ねらい   P.70.71を読んで、恐ろしいまぐろに兄弟を奪われる様子を読み取り、独りぼっちになったスイミーの気持ちを想像する。

指導にあたって

 ★中心の文章は、P.71最後の5行である。

この文を課題にして、読み取る活動に入る。


指導展開

とらえる

「ある日」どんなことがあったのですか。

⇒P.70.71を音読しよう。全員音読から独り音読へ

 ※できるだけゆっくりと読むように指導する。

一人ぼっちになったスイミーの気持ちをしよう

この時のスイミーの気持ちを考えよう。

問題を提ざるえない文を問題にすることである。

それが「こわかった さびししかった」である。



 

ふかめる

全員読み

考えたことを発表する。

①こわかったこと・・・まぐろ

「ミサイルみたいにつっこんできた」

⇒どのくらいのはやさかな

「一口で・・・・一ぴきのこらずのみこんだ」

⇒どんな様子かな。

どうしてスイミーはにげられたのかな。

 

②さびしかったこと

仲間がいなくなったこと  独りぼしまったこと

③とてもかなしかったこと

 言葉から十子供たちの参加意欲を膨らませる。

海のそこをおよぐスイミーを想像させる。

さびしさとかなししれないが、厳密にわけない。



音読化

スイミーの各場面では、よみとったことを音読化、群読化することで、子どもたちの心情はもりあがりをみせる。

 

4つの文を役割分担して群読する。

群読は、個人、班での練習をさせる。

※音読化の場面は、子どもの状況で変えることもある。

 

授業者は、子どもたちを「こわかった」「さびしかった」「とてもかなしかった」というスイミーの心情に寄り添えるようにする。

そのためには、先生と子どもは一体化することが必要である。

 

実践者としての道を求めて

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