教育随想908回 もうすぐ教育実践終了 入力と出力
「教室に入ると疲れます。消耗している感じです。」
「子どもたちを指導していると、いらいらすることがあります」
「先生の仕事は疲れますね。」
一部の先生の声。
一年間が終わろうとしています。
どうしても愚痴、不満がでてきます。
どうして、あの子はわたしのいうことが聞けなかったのか。
先生は、子どもに対して真面目に取り組んでこられた。
でも、どうして疲れておられるのか。
入力よりも出力が勝っているからである。
子どもに対して、一生懸命学習指導したとする。
相手に角度を変えて説明しても理解してもらえない。
どうしてわからないのかと愚痴がでる。
頑張って子どもを指導しても、先生にとって喜びに至らない場合に消耗する。
自分の力を出したわりには、子どもから得るものが入ってこない。
反対に、子どもが自分の指導でわからないことから脱却できた時には、この上なくうれしいものだ。
頑張ったかいがある、手ごたえがあったときは、さらに、努力しようと思う。(入力)
疲れるからと手抜きすると、手ごたえもかえってこない。
出力を怠ると、子どもからの入力(得るもの)は少ない。
先生の仕事は、10の力で1だけ子どもが動くものである。
それなのに、今は、効率優先の世の中である。
先生が1の力をだして、子どもを10動かそうとする。
IT教育のなかにもそのような考えがちらちら見える。
水泳の呼吸指導のポイトンは、息を「吸う」ことよりも「吐く」ことである。
しっかり吐けば、自然に空気が入ってくる。
それと似ている。
しっかりと息を吐く。
しっかりと子どもに向けて、自分の実践を全力投球する。
それでも、思惑通りにいかないのが教育実践である。
そして、終業式の日の一言。
「ああ、もう終わってしまった」
「やっと終わった」
子どもの声でもあり、先生の声でもある。
終業式が終わり、最後に子どもたちが教室を出ていくときの様子を見る。
「もう終わった」の顔。「やっと終わった」の顔のどちらだろうか。
その顔が実践の一年間の評価である。
子どもたちが退出したあと、先生は、振り返ることで新学期を迎える。
三学期の終業式は次年度の始業式でもある。
先生である限りこの繰り返しが続いていく。