教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想 670回 先生、説明を待ってください 先生ストップ

路傍の石

気楽に発表できる。
わからないことを尋ねられる。
話し合いの雰囲気が柔らかくなる。
子どもたちが自分を全体の場に少しずつ出せるようになる。


そのような段階で、同じ意見がでてもよい。
いや、どしどし安心して友だちと同じ考えを発表すればいい。
内容が深まらなくてもよい。
自分がみんなの学習に参加できているという安心。
ぼくでも参加できるという有能感。
話し合いを続けていると、自己主張が強くなりまとまらなくなる。
長い時間対立が続いたり、同じような考えがぐるぐる回ったりする。。


先生は、それでも止められないことがある。
止めてはいけない時がある。
微笑みをもって見ているだけ。
今、この場面で何を優先しているのかを明確に意識する。
学習内容の広がりか深まりか。
子どもたちの集団学習への参加なのか。
集団としての雰囲気の高まりなのか。


指導者は、学習が停滞すると待てなくなる。
当然のことである。
本時目標を抱き締めて授業に臨んでいるからだ。
修正、変更、停滞を少しでも避けたい。
そのことは悪くない。
ただ、子どもたちを意欲的に集団学習に参加させ、学習内容を深めることを忘れなければいいのではないか。


子どもたちの話し合いが盛り上がっているとき、たいていの場合、意見の堂々巡りがおきる。
しかし、雰囲気や子どもの輝きが違ってくる。
炭(子ども)にしっかりと火がつくことだ。
炭が赤く熱せられたら学習の方向性を子どもたちに意識させる。
それを話し合い活動において行う。
水の流れは、土を掘り溝をつくることで流れを変えることができる。


混沌とした話し合いのあと、子どもたちに問いかける。
「今の話し合いで、どんなことがわかったの」
「どんなことが広がったり深まったりしたの」
子どもに振り返りを求める。
すると、
「なんとなく能率がわるかったなあ」
「同じ意見が多すぎたような」
「話していることがあっちこっちとんだようだ」
「たくさんの人が話したけど、勉強が前に進まなかったような」などなど。


そこで、子どもたちに次のような目標を持たせ、少しずつ指導者が介入する。
〇無意味な発表を取り消す。同じ意見の重複を避ける。
〇一つの大切な友だちの意見に対して集中的に話し合う。
 「○○くんの意見が大切なので取り上げよう。」と先生の介入。
 そこに新たな深まりが見えてくる。
〇話し合いが同じところをまわっているので、他の人の考えを聞く。
 「○○さんは、今、話していることについて他の意見はないかな」
  先生の介入から子どもの気づきへと導く。


子どもたちが学習を自分たちの意思で進めているという意識が芽生える。
そうなると、面白いことがおこってくる。
「ちょっと待って、ぼくは自分の考えがまだまとまらないから、一人で考える時間
 が欲しいです。」
今日の課題をつかんでから
「考えたことをノートにまとめてから話し合おうよ」と提案。
わかりづらくなったら
「班で時間がほしい。少し班で話し合いたい」など。


子どもたちが自分の勉強として今の課題や学びの活動を引き付けて考えるようになる。
時には、「先生、説明を待ってください。もう少し、ぼくらで考えさせてください」
先生ストップをかけることも

実践者としての道を求めて

×

非ログインユーザーとして返信する