教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想 193回 音楽会 国語の学習としての合唱指導 

路傍の石

私は、音楽の専門家でもないし合唱指導のベテランでもなかったですが、子どもを合唱を通して育てるという点においては強い思い入れがありました。
合唱指導は、学級づくりであり学年づくりです。


 毎年、合唱の指揮に取り組んできました。
 小学校の合唱指導は、音楽性も必要ですが、どちらかというと子どもを育てる、人間形成のほうに重点をおきました。
 ○子どもの心を開く。
 ○自分の中の感じたことを余すところなく表出
 ○全員でそろえることの大切さ。
 ○自主協同としての合唱、音楽教育
 ○国語教育、言葉を声に表すことのおもしろさ


 これらのことを考えながら合唱指導に取り組みました。
 合唱の基本は歌詞の解釈にあります。
 国語の詩の指導としての学習をします。
 詩のクライマックスはどこか、作詞者の思いは何かなどを子どもたちの話し合います。
感じたことを話し合うなかで、歌に対する共通の感情をさぐります。
思いが同じであるところを見つけていきます。
 学級、学年において実施します。


 次に、歌詞の暗唱と朗読です。
 朗読することで詩の中に自分の感情を移入できるようになります。
 個人朗読、全員朗読をしていきます。


そして、その歌詞をメロディに乗せてみます。
そうすると、曲の強弱の意味がわかってきます。
なぜ、大きな声で歌うのか、声をしぼっていくのかなどを理解します。
難しいのは、声を絞って歌うとき、気持ちまで落としてしまうことです。
小さく歌うところこそ、気持ちを大きく前にふくらませるように出させるようにします。はっきりと歌詞を伝えます。


 いよいよ、合唱の指揮をします。
 最初の瞬間が大切です。
 小学校の合唱の指揮は、大人の指揮とはちがいます。
 最初に全員の子どもと指揮者がまなざしを共有していることです。
 穴があくぐらいにみつめるようにします。
 全員の視線がそろうまで指揮を始めません。
 ここのところは徹底します。
 全員が指揮に集中しているかどうかは、歌い始めて、途中で指揮をとめます。 すぐに声がとまればで合格です。


 指揮者は指揮台にあがると、全員の子ども一人ひとりと視線をあわせます。
 「今から始めるよ、がんばろうね」という心のメッセージを送ります。


 指揮はリズムなど拍子をとるよりも歌詞のイメージを表現するようにします。
 「ふくらます」「ひろげる」「高まる」「気持ちを繊細に」「情景を広げる」などのメッセージを子どもたちに向けて発します。
 指揮者と子どもたちとがイメージを共有していることがとても重要なのです。
 それは、練習の段階で培っていくようにします。


 指揮は、決して子どもの後に追従してはいけません。 子どもの半歩前をリード します。子どものイメージ、情景、感情をひっぱりだすのが指揮者の醍醐味だと思っています。


音楽会以後は、学級合唱を始め、2部合唱を基本として継続してきました。
参観日や研究会の時に発表しました。
学級が声に乗せて一人ひとりがつながっていく楽しさを味わえるようにしました。
福祉施設の訪問の時も必ず合唱を聞いていただきました。


追加 ちょっとした指導


音楽会にむけての合唱指導をするとき、子どもたちの声は広がらないことが多いです。
そんなとき、指揮台を体育館の一番後ろにおいたり、2階のギャラリーの上から指揮をしたりして、声の響き具合を確かめていきます。


合唱練習のとき、前列の子どもたちを体育館の後ろに立たせて聞かせます。
聞こえにくい時には手で合図を遅らせます。
お互いに自分たちの合唱を客観的に眺めるようにします。


イメージや曲の表現の難しいところは、パートごとに数人、上手な子どもを選び出し歌わせます。他の子どもたちを聞き役にします。
指揮者は言葉だけでなく、実際の子ども同士の姿を見合うことを通して学び取っていけるようにします。


よく指導者の中には「もっと大きく声をだしなさい」「もっと声を押さえて」という指示をだしますが、なぜ、大きくなのかの意味が伝わっていません。
声の大小は歌詞の描く情景や心情をもとにして考えさせるべきなのです。
子どもがこう感じるから声をもう少し・・・というようになるようにします。

実践者としての道を求めて

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