教育随想 1156回 いろいろなタイプの先生から学ぶ 2回目
子どもたちと友だち感覚で関わるタイプの先生。
外から見ていて、子どもと気軽に対話しておられます。
ため口で子供とのコミュニケーションをはかられます。
子どもたちもそれなりに先生に親近感を持っているようです。
それができる先生はいいなあと思ったことがあります。
しかし、私は、子どもとの距離は、離れたり近づいたりすることが大切だと思っています。
授業の時と遊びの時、雑談の時とでは、あきらかに子どもとの距離が違います。
先生は、子どもと対等ではありません。
時には上から子どもたちに対応しなければならないときがあります。
指示を子どもたち出すときは、友達感覚ではありません。
友達感覚というのは、先生側から意識するものではなく、子どもたちからの印象です。
先生が意識して、子どもと友だち感覚で付き合うことを意識すると、時には、子どもにへつらうことがあります。
子どもにへつらいすぎると、子どもは大人を低く見ます。
先生は、指導者です。
いつも、子どもより少し高い所で眺めています。
だから、子どもの甘えに対して、少し距離をおきます。
研究授業とふだんの授業との格差が大きいタイプの先生。
研究授業をするときに、どうしても普段の授業よりも力が入ります。
周りの先生に少しでもよく見てもらいたいという願いがあります。
特に、若いころには、そのことがプレッシャーになります。
年配の先生は、研究授業では、教師生活の経験が長い人ほど、念入りに授業を演出されることがあります。
それはそれでベテラン先生の気持ちが理解できたものです。
若いときには、失敗しちゃったですむものが、ベテランとなるとそうはいかないことがあります。
研究授業、掲示物が色とりどりに黒板にはられます。
随分と時間を費やされたというのがわかります。
どの先生にも程度の差がありますが、同じような経験をもっておられるでしょう。
ただ、私は、その先生のふだんの授業が気になったものです。
一時間の授業の準備をどうしておられるのだろうか。
毎日、同じようにはできないはずです。
そのような先生を、子どもたちはどのように見ていたのでしょうか。
私は、そのことを踏まえて、研究授業ではなく「授業研究」という意識で準備しました。
ふだんの授業とあまり変わらない授業を見てもらうようにしました。
なぜなら、授業参観は、子どもの姿を一番に見てほしいからです。
私が授業のなかで、子どもたちとどのようにかかわりあっているか、その姿勢を知ってもらいたいと思いました。
私は、研究授業(対外的な)も毎年のように実施しました。
他府県から参観者も見えられました。
体育館で500名近くの参観者の前で授業をさせていただいたこともあります。
その時に、普段と変わらない先生を子どもたちにみてもらいという思いがありました。
「先生は、他の先生が参観するといつもの態度とは違う」と思わせたくなかったのです。
ふだんの子どもたちとの授業、学習指導が、日々の授業研究であるという思いで実践してきました。