教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想1323回 子どもは先生の姿を目に入れて学習する

路傍の石

先生にとって子どもたちは大勢の中の一人です。

一時間の授業において、一人の子どもを何十分間も見ていることはありません。

 

しかし、子どもたちにとっては、先生は一人なのです。

一時間の授業において、先生を目の中に入れて聞いています。

子どもにとっては、先生は学びの景色であり学びの環境です。

先生を見ている時間はとても長いです。

 

そして、子どもたちは先生の姿を毎日見ているので、その変化にも敏感に反応しています。

先生の顔は子どもたちにとってはさらしものです。

顔のつや、脂ぎった顔、ひげが残っている顔、化粧の濃い顔

整った髪の毛・・・

そのようなものを目に入れて授業を受けています。

 

先生からの体臭、汗のにおい、個別に近づいてくる先生の匂い。

私は、小学校5年生の時の担任の姿がいまだに残っています。

いつも体操着で、そこからにじみ出る体臭、たばこのにおい・・・

さらに、口臭のきつい先生に個別で指導を受ける時も、あまりいいものではありませんでした。

机間巡視の時に、その先生が私の横を通ると、思わず顔をそむけた記憶があります。

 

女の先生のときは、その化粧品や香水の匂いが気になることがありました。

同僚の授業参観のとき、入室したとたんに鼻のつくような香水の匂いがしました。

先生にとっては好きな香りなのでしょうが、果たして子どもたちにとってはどうなのでしょうか。

 

先生の印象を決定的に決めるのは服装です。

今の先生がたは、朝から下校するまでジャージですね。

そのほうが活動しやすいです。

子どもたちと遊ぶ時も汚れを気にしなくていいです。

 

ここからは、私の服装に対するこだわりですので聞き流してください。

新任の時から退職までの間、一貫してこだわってきたことがあります。

服装の印象が子どもにとって決して小さいものではないと考えました。

 

まず、TPOにあった服装です。

体育の時だけジャージに着替えました。

教科や授業内容によって多少の変化を持たせるときがありました。

基本的にはネクタイをしていました。

 

水泳のあと、先生の中には短パンで授業をされている姿がありました。

毛むじゃらな足をながめながら詩の授業を受けていました。

私は、それだけはさけるようにしました。

 

水泳の後はなんとなくしんどいですね。

子どもたちに気持ちの転換をはかるために、私は、さっとネクタイを締めて教壇に立ちました。

すると、教壇に立った時の子供たちの表情が変わりました。

先生は、服装によって子どもたちの意欲を変えることができます。

 

ロッカーにはいつもカッターシャツやジャージの替えを何枚か用意していました。

特に夏場、汗かきの私にとってはTシャツやカッターをかえることもありました。

教室に汗臭さを持っていきたくなかったのです。

 

このようなことは、ほんの一例ですが、子どもたちにとっての先生の姿に配慮することは大切だと感じてきました。

もちろん、ここまでしなくても授業はふつうにできます。

ただの私のこだわりでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実践者としての道を求めて

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