教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想1320回 教育は 心構えを育てること 卒業式

路傍の石

教育では、子どもたちの学習の結果が問われることが多いです。

しかし、子どもそれぞれの結果は一律ではありません。

その結果を平均化したり基準化したりすると、子どもたちにとっては

辛い日々があるかもしれません。

 

教育は、子どもたち一人ひとりの心意気、自覚を育てることのように思えます。

結果はどうであれ、その瞬間を自分の力をぶつけられることが、これからの、子どもたちの人生の基盤をつくることになります。

 

自覚して行動する。

失敗を振り返ることも自覚です。

 

さて、卒業式が迫っています。

六年生を卒業させる意味はなんでしょうか。

六年間、学校の全職員の力を結集させた成果のはずです。

卒業式に臨む子どもたちの姿には、その結果が具現化されているはずです。

 

ところが、式の練習を見ていますと、呼名されたら「はい」という返事ができない子どもたちがいます。

「もっとしっかりと返事しなさい」と先生の指導の声が飛び交います。

待てよ、この言葉は入学してきた一年生に対しても指導してきたのではないですか。

六年間たっても、自覚をもって返事ができないことに問題はないのでしょうか。

 

呼名されたとき、それに対する子どもたちの返事には、その子なりの旅立つ気持ちを表現しています。

呼名されて返事をする間合いをとります。

二秒間の間合いをとります。

その間合いの時に自分の大切な意思決定の気持ち、言葉をいれます。

漢字二文字で考えさせるのもいいです。

短い言葉で返事をする前に、自分の気持ちを身体の奥から響かせるようにします。

「はい」という返事は、子どもたちが主人公になるときです。

そうすると一人ひとりの「はい」という返事が違ったものになります。

〇〇さん・・一 、二、(気持ちを起こして)「はい」と返します。

呼名、即、返事ではありません。

 

参列する五年生に語ります。

「六年生の卒業式は、あなた方の卒業式の一年後の姿ですね。

あなたは、一年後、体育館に 立ち、ひな壇にならんだ自分の姿を想像して参加しましょう。

私は、5年生の卒業式が終わったあとの翌日に、卒業式の流れを練習します。

歩き方、立ち方、返事の仕方を一回だけ通してみます。

これが六年生になって一年間を過ごすための覚悟、心意気を育てます。

 

ちなみに、武道は構えから入ります。

構えは見えない心情です。

それを育てると、本当に子どもたちは自分を取り戻してきます。

 

教育は教えることは大切です。

しかし、それ以上に、構えを育てることが大切だと考えます。

子どもの見えるものよりも、見えないものを動かせる先生は素敵ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実践者としての道を求めて

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