教育随想1350回 子どもの学ぶ姿は、授業者の能力を映し出す
授業を構成するとき、子どもに教えるとか支援するということは大切な要素です。
しかし、授業はその程度のものでは子どもの変容はないのです。
教材や課題に対して、一人ひとりの子どもたちがどのように受け止めているかを吟味する必要があります。
教材の好き嫌い、苦手度、劣等意識等を含めて、子供の実情を知ることが大切です。
算数の計算学習があるとします。
計算の得意な子どもは、簡単にできてしまう計算、学校の学習に対して、さらに求めたいことは何か。
そのような子どもをどのように充足させるのか。
苦手意識をもつ子ども。
過去の学習でどこでつまずいてきたのかを探る。
そして、新しい計算に対する不安と嫌悪感はどこにあるのか。
それぞれの子どもが目の前の学習に対して、抱いている感情的なものも把握。
子どもの中にある気持ちをしっかりとつかみ取る。
そして、子どもたち一人ひとりのわからなさ、苦手意識、不安を引っ張りだす。
それを授業において、子どもたちの実態を把握しながら授業を進めます。
授業の捉え方が実に曖昧な印象を受けます。
研究会の様子を伺ってもお互いに切磋琢磨していく厳しさがないようです。
だから、子どもを前にして、きびしく自己の指導のあり方を吟味することがありません。
学ぶ子どもの姿は、授業者にとっては、自分の能力を映し出す鏡なのです。
子どもに学ぶということがよく言われますが、そんなに容易なものではありません。
授業において、凝視すべきことは自己の能力に対する自己反省です。
子どもを理解させられない、興味を持たせられない自己の技能を見つめなおすことです。
だから、できないことを決して子どものせいにしてはいけません。
少しでも子どもの能力や環境(それも要素の一つですが)のせいにしてしまったら、授業者は自己を振り返ることなく、自分を甘やかす道を歩くことになります。
退職するまで。