教育随想(授業づくり・集団づくり・児童理解)

実践、反省、さらに実践・・・

子供たちを相手にして、悩んだり迷ったりしている先生に読んでいただきたいと思っています。
迷うことが、悩むことが先生の良心であり、最も大切な能力ではないのでしょうか。
 わかったことよりわからないこと、できたことよりできなかったことに 心を向けていく先生は 素敵だと思います。

教育随想 404回  話し合いの育て方(10) 埋没・依存・雷同

集団学習は、子どもの学習意欲を高めます。
集団学習は、子ども一人ひとりの理解を助けます。
集団学習は、子どもたちの考えが固定化するのを防ぎます。


しかし、教室内の話し合いをよく注意してみると、次のような問題点があります。
はっきりした自分の考えを持たないで、話し合いの赴く方に流されます。(埋没)
自分の学習であるという観念が薄れ、誰かが助けてくれるという思いがでます。
友だちに頼っているので、自分の力をためすことがなくなります。(依存)
話し合いにおいて、全体の流れに簡単に同調してしまうことがあります。(雷同)
問題なのは、集団を離れては学習のできない子どもを育てることになります。


さらに、次のような問題も表れます。
話し合いが一定の子どもたちによってなされていると、話し合いに参加しない友だちを軽くみることがあります。
できない子や発言のまずい友だちを責めることもあります。


先生が、話し合いの場において、どのような意見、どのような子どもでも、その話し合いのなかで位置付けいくことが大切です。
つまり、先生がどの子の意見も話し合いの中に入れていくということです。
話し合いを指導する初期において、先生のサポートが重要になります。
放任していたのでは、上のような問題点が表れます。


話し合う前に個人の考えを明確にするために、ノートで考えるくせをつけます。
ノートで考える。考えるためにノートを使う。


話し合いの流れを途中で止めて、話し合っている問題を確認させます。
その時に、班による小集団学習が有効です。


よく、参観授業のあと、感想として「子どもたちが話し合いに参加していますね」「ほとんど全員の子どもたちが話していますね」と、参加人数に目を奪われている発言が多いです。


話し合いが全員のものになっているかどうかは、話しているときの子どもを見るのではなく、じっと聞いている子どもの表情を注視するようにします。
そこに、話し合いの効果、結果が顕著に表れています。。

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